第6話「対決」前編 登場人物 椎野美佳 高校生 椎野律子 美佳の姉。ファレイヌの真の所有者 椎野久子 美佳の母 フェリカ 謎の男 早坂秋乃 謎の少女 エリナ 黄金のファレイヌ ミレーユ 謎の女 ティシア 赤銅のファレイヌ マリーナ 白銀のファレイヌ 1 マリーナの夜 小雨のぱらつく深夜に、一匹のカラスが廃車処理場の上空に現れ た。それは白く光る銀色の翼を持っていた。 カラスは二、三回、空中を旋回した後、地上に舞い降りた。 そして、一歩、足を踏み出したかと思うと、とたんによろよろっ として、その場に倒れた。 //失敗したようね カラスの前に積まれた廃車の中から声がした。 //うるさい カラスは答えた。 カラスから銀色の液体がするするっと引いていく。その液体はそ のまま、人形に変化した。後に残ったカラスは普通の黒いカラスに 戻っていた。 //そのカラスは死んだの? 廃車の中の声が聞いた。 //ああ。逃げるためにこのカラスのエネルギーを全て使ったから な と白銀の人形は答えた。 //不幸なカラスね。あなたに会わなければ、生きていられたのに //ティシア、それ以上言うと、おまえを海の底へ静めるぞ 人形は厳しい声でいった。 //ああ、恐い。やりたければ、どうぞ。どうせ私はここから永久 に出られないんだもの //何ぃ 人形はぽんと飛び上がって、廃車の窓から中に入ると、シートの 上にあった銅製の壺を手にした。 声の主はこの壺に封印されたティシアである。 //おまえがそのつもりなら、海へ捨ててやる //惨めね ティシアは皮肉っぽく言った。//私はあなたがここへ戻ってく るとは思わなかったわ。 //…… マリーナは黙っていた。 //六十年前のこと、覚えてる?エリナの真の所有者だったロザリ ー・ウイストコットを殺るために、一緒に戦ったことがあったわね 。あの時、フェリカに負けてぼろぼろになって帰ってきた私にあな たは何て言った?「臆病者!貴様には人間に生まれ変わる資格はな い」ってね。あの言葉、そのまま、あなたにお返しするわ //簡単に壺に封じ込まれるようなドジな奴に言われたくないわ //今のあなたは私と同じよ。どんなに戦ったところで、あなたの 能力ではフェリカに歯がたたないわ //そんなことはわかってる マリーナは静かに言った。//あと二日。それまで私は律子を殺 すため全力を尽くす、例え勝てなくても。そして、私が敗れた時… …その時は覚悟して マリーナはそれだけ言うと、その場を走りだした。 「無様な女ね」 その時、廃車の影から一人の女が姿を現した。 //誰? 「私よ」 女は壺の前に立った。女は黒いワンピースに黒いガルボ・ハット を深く被っていた。顔はその帽子の影で全く見えない。 //ミレーユ?……いつ日本に? 「ふふふ、今よ」 //今? 「そう」 //久しぶりね 「まさか、壺に封印されてるとはな」 //クレールにやられたのよ 「いつからかは知らないが、フェリカたちはその壺を使って、我々 を一人ずつ封印しにかかっているようだ」 //他にもいるの? 「多分ね。でも、その壺を見るのは、初めてだわ。どうして、そん なところにいるの?」 //クレールが私をここへ置き去りにしたまま、戻ってこないのよ 「ほお」 //それより、ミレーユ、何とかならない 「出たいのか」 //もちろんよ 「いいさ」 //本当に 「その代わり、美佳を殺すのに協力してもらうぞ」 //美佳を?律子じゃないの 「律子は後でもいいわ」 //でも 「協力するのかしないのか」 //す、するわ 「ふふ、それならいい」 女はそういって、黒い帽子を取った。そこにある顔は全身銀色の 顔だった。 2 律子の夜 その頃、椎野律子は病室で金色のフランス人形に変化したエリナ と話をしていた。 //昼間は危なかったですね 「危ないなんてものじゃなかったわ」 律子は天井を見ながら言った。室内の照明は消灯時間のため、真 っ暗である。 //お母様に殺されそうになる気分って、どういうものですの? 「恐いの一語よ。おかげで人が信じられなくなったわ」 //それはいけませんわ。お母様はマリーナに操られたのですから 「そんなこと、わかってるわ。それより、マリーナはいつまで私を 狙い続けるの?」 //永久に 「冗談じゃないわ!!」 律子は声高になった。 //お静かに。 「静かにしたいわよ。だけど、永久なんて無茶苦茶よ、何とかなら ないの」 //方法はあります 「私と同化するって言うんでしょ」 //はい 「嫌よ、そんなの」 //でしたら、戦うしかありません。それが真の所有者として生ま れた者の運命なのですから 「運命ね」 律子は溜め息をついた。「エリナ、一つ聞きたいんだけど同化す るとどうなるわけ?」 //フェリカは悪魔になると言ってますわ 「悪魔?」 //わたくしも見たことがないのでわかりませんが、空想上の悪魔 ではないでしょうか 「ふざけないでよ。そんなのになるのは御免だわ」 //ですから、わたくしは同化を勧めてません。ただマリーナは明 日の転生の儀式を阻止するために、あなたを狙ってくるでしょう 「あ〜あ、あたしって何でこんなについてないんだろ」 //男の方にふられたのはわたくしのせいではありませんわ 「んなことは、わかってるわよ」 //考えたところで、どうなるものでもありません。今夜は早くお 休みになってください 「もし、寝てる時に襲ってきたらどうするのよ」 //襲われないかもしれませんでしょう 「あなたって、随分楽天的なのね」 //ええ。死ぬのはわたくしではありませんから エリナはニコッと笑った。 「羨ましい性格ね」 律子は目をつぶった。「マリーナが来ても起こさないでよ、私は 寝起きが悪いんだから」 //それでよろしければ エリナは優しくそう答えた。 3 美佳の夜 さらに同じ頃、椎野美佳はというと、マンションのDKで恋人の 北条隆司と電話で話をしていた。 「お姉さんの容体はどうだい」 北条が訊いた。 「態度だけはすっかり元気よ。隆司も見舞いに行ってよ」 美佳は電話の前で椅子に反対に座って話していた。 「ちょっとレポートがたまっててさ。それが片づいたら顔を出すよ 」 北条は私立大学の二年生である。 「結構真面目に行ってんだ、大学に」 美佳はちょっと意外だなという感じで言った。 「当たり前さ。それより、美佳こそどうなんだ?」 「どうって?」 「そろそろ中間試験じゃないのか」 「えっ、まじで?」 「全く呑気だな。中学の時から全然変わってないな」 「悪かったわね。どうせ勉強してもしなくても同じなんだからいい わよ」 「またアヒルか」 北条はからかった。 「ええい、うるさい。そんなこというと、電話、切るからね」 「まあ、待てよ。いい話があるんだ」 「何。結婚してくれるの?」 「バカ。プロポーズなんてした覚えないぞ」 北条は慌てた様子で言った。 「冗談よ。それで何なの」 「美佳の持ってた黄金銃のことだよ」 「何か分かったの?」 「前に美佳が『FARINE』のことを書いた本、えっと確か…… 」 「『悪魔の粉』でしょ」 「そう、その作者の田辺仁が今度、うちの大学で特別講義をやるん だよ」 「本当に?」 「ああ。確か七月の初めだったと思うよ」 「田辺さんはもう日本に来てるのかしら」 「まだだと思うよ。彼は日本でやるフランス美術展の招待をかねて 、講義をするわけだからね」 「そうなの」 「もしその時になったら、大学へ来いよ。彼に聞けば、その黄金銃 の秘密が何かわかるかもしれないし」 「うん、わかった」 「それじゃあ、レポートが終わったら、また電話するから」 「わかったわ」 「おやすみ」 「おやすみなさい」 美佳はそう言って、受話器をもとに戻した。 「美佳」 その呼ぶ声に美佳が振り向くと、いつのまにか母の久子が立って いた。 「起きたのね」 「母さん、何でここで寝てるかしら」 久子は不思議そうな顔で言った。 久子は昼間、病院でファレイヌの弾丸の受けてから、ずっと気絶 していたのである。 美佳はちょっと説明に困り、時計を指さした。 「あら、こんな時間!いったい今日はいつなの」 久子はすっかり混乱してしまっている。 「今日は六月四日」 「いったいどうなってるの。今日は律子の病院へ行って、それから −−」 「お母さん、覚えてないの。花瓶に水を入れに行って倒れたのよ」 美佳は嘘をついた。 「花瓶に?」 「そう。全くびっくりしたわ」 「そうなの」 さすがに久子も記憶に自信がなく、美佳の言葉を否定できない。 「ここのところ、姉貴の看病とかで忙しかったから、疲れが出たの よ」 「美佳がうちへ運んでくれたの?」 「タクシーでね。入院すると、お金かかるでしょ」 「そう、ありがとね」 久子は微笑んだ。美佳はちょっと心が痛んだ。 「別にいいのよ」 「お父さんには言わないでね、また心配するから」 「わかってます。お母さん、今夜は帰るなんて言わないでしょ。カ レーを作ったの、食べて」 「美佳が作ったの?」 「当然よ」 「食べられるの?」 「姉貴と同じこと言うのね」 美佳はぷいとそっぽを向いた。 4 朝の出来事 早朝、まだ車の通りがほとんどない車道を二台のスクーターが前 を競うようにして走っていた。 両方とも乗っているのは、学生服を着た高校生であった。 「この勝負、もらったぜ」 「何を!負けるか」 などと声を掛け合いながら、抜きつ抜かれつの争いをしている。 「もうすぐゴールの十個目の信号だぜ。勝負はついたな」 少し前を走っている黒いスクーターの少年が言った。彼は長身だ が、痩せている。 「ふん、これから逆転さ」 後を走る青いスクーターの少年は強気に言った。 彼らはテン・シグナルレースという決められたコースで十の信号 を通過する競争をしていた。ルールは途中、信号が青になったら止 まらなければならないという以外は、ないに等しい。 勝負は明らかに黒いスクーターに有利だった。性能はどちらも同 じで、直線コースとなれば、よっぽどのことがないかぎり抜かれる ことはない。 現に七つ目の信号を過ぎてからは、二台のスクーターの差は全く 縮まっていなかった。 「ようし、やったぜ」 信号まで後三十メートルほどに迫った時、黒いスクーターの少年 はガッツポーズを取った。 とその時だった。 「きゃあああ」 と女性の悲鳴がしたかと思うと、道路の横道から一台の自転車が 少年のスクーターの目の前に飛び出してきた。 「何だぁ」 黒いスクーターの少年は思わず叫んだ。 「止めてぇ」 「うわあぁぁぁ」 よくわからない対話の後−− バサッ−−キイィィィ−−ズドッ−−ドターン 「やった」 青いスクーターの少年が見事、トップで十個目の信号を通過した 。 「いてて」 黒いスクーターに乗っていたはずの少年は腰を押さえながら呻い た。彼のスクーターはガードレールに突っ込み、彼はその勢いで内 側の歩道へ投げ出されたのである。そして、少女の自転車も反対側 の車道まで飛ばされている。 「おい、大丈夫か」 青いスクーターの少年が車道脇にスクーターを止め、倒れている 少年の方へ走ってきた。 「大丈夫じゃねえよ」 少年はまだ立ち上がれない。 「伸二、いったいどうしたんだよ」 青いスクーターの少年は呆れた顔で言った。 「飛び出してきたんだよ」 伸二は言った。 「何が?」 「女だよ」 「おんなぁ?」 青いスクーターの少年、勝彦が聞き返した。 「ごめーん」 その時、伸二たちの方へ一人の少女が歩いてきた。その少女は黒 いジャンパーに黒いジーンズを履いていた。髪はショートヘアで、 ぱっちりとした瞳、そして、色白の肌、小さな唇。 「か、かわいい」 勝彦はその少女を見て、思わず呟いた。 「大丈夫?」 少女は地面でうずくまっている伸二の顔を覗き込んだ。 「ふざけんなよ、てめえ」 突然、伸二が少女に飛び掛かろうとした。 「きゃあ、やめてぇ」 少女は足を上げ、伸二の顔面に自分の靴の裏をぐいと押しつけた 。 「むぐっ」 伸二は呻いた。 「はらぁ、ごめんなさい」 少女は慌てて足をどかした。 「この野郎」 「まあまあ、ここは俺に」 伸二が怒って、少女に突っかかろうとするのを勝彦が制した。 「いったいどうなってんだ?」 「わたしが悪いの。自転車のブレーキが壊れてたものだから」 「君、体の方は?」 「ああ、わたしなら全然平気よ」 少女はガッツポーズをとった。 「君の名前は?」 「わたしの名前?早坂秋乃」 「俺は西田勝彦」 「彼は?」 秋乃は伸二を指さした。 「あいつは浜村伸二って言うんだ」 「へぇ。伸二君、ごめんね」 秋乃は手を合わせた。 「謝って済む問題かよ」 伸二はようやく立ち上がって、文句を言った。 「そんな恐い顔しないでよ」 と言って、助けを求めるように勝彦の腕をぎゅっと掴む。 「まあ、そう怒るな」 勝彦は顔を赤くして、言った。 「おまえなぁ」 伸二はまだ不満だったが、それ以上文句を言うのはやめた。 「それよりさ、ねえ、ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど、 いい?」 「何だよ」 「この写真を見てほしいの」 秋乃はウエストポーチから写真を取り出して、二人の前に見せた 。 「さあ、見たことねえな」 と伸二。 「俺も見たことないよ」 と勝彦。 「よおく見てよ」 秋乃はしつこく見せたが、二人は思い出せなかった。 その写真に写っていたのは椎野律子だったが、この二人が到底知 っているはずはなかった。 「じゃあね、この子は?」 秋乃はもう一枚の写真を見せた。 「さあな」 と伸二。 「うーん」 「あなたたちと同じ高校生よ」 「高校生と言ったって、たくさんいるぜ」 伸二は最初から思い出す気はない。 「いや」 勝彦が思い出したように声を上げた。 「知ってるの?」 秋乃の顔が輝いた。 「うちの学校で確か見たような」 「そうか?どこにでもいるぜ、こんな女」 「制服だよ。この制服、うちの学校じゃねえか」 「あ、ホントだ」 「いいかげんね」 秋乃が冷たく言った。 「うるせえ」 「君達、これから学校へ行くところなんでしょ」 「まあな」 「だったら、一緒に連れてってよ」 「何でおまえを連れてかなきゃいけないんだよ」 「わたしは君に聞いてるんじゃないの。勝彦君に頼んでるのよ」 「俺はかまわないぜ」 「やったぁ。勝彦君、ありがと」 秋乃は勝彦の手を握った。 「あ、ああ、任してくれよ」 勝彦は女の子に手を握られて、すっかりのぼせ上がってしまった 。 5 死の覚悟 「エリナ、エリナ」 律子はベッドで仰向けになったまま、テーブルの黄金銃に声をか けた。しかし、返事はない。 「おかしいな、寝てるのかな」 律子は黄金銃を軽く親指で叩いてみたが、何の反応もない。 「ちぇっ、相談したいことがあったのになぁ」 仕方なく律子は黄金銃を布団の下に入れた。 「マンガでも読もっと」 律子はマンガを手にとって、広げた。 しかし、何度も読み返しているので、ほとんど読んでいるという よりは暇つぶしにページを捲っているという感じである。 結局、頭の中では別のことを考えていた。 昨日はフェリカさんに会えたけど、あの騒ぎだったし、結局は何 にも聞けなかった。 フェリカさんっていったい何者なのかしら。 エリナは自分の婚約者だって言ってたけど、そうすると彼も何百 年も生きてることになるし……エリナと同じファレイヌってことか しら。けど、彼が銃となって現れたのは見たことないし。まあ、ど っちにしても普通の人間でないことは確かよね。そうなると、彼へ の愛も絶望か。私が老いても、彼は全然、そのままなんだから。 などと思いを巡らしている時、カチャとドアのノブを回す音がし た。 ずっとベットで寝ていると、こういった小さな音には結構、敏感 になる。 ドアが開くと、ドアの前のカーテンの影を通して、人の姿が映る 。 「誰?」 律子が体を起こして、聞いた。 「フェリカです」 カーテンからフェリカが顔を出す。 「あら」 律子の顔が赤くなった。 「こんにちは、律子さん」 フェリカがゆっくりと律子のベッドに歩み寄った。 「こんにちは」 律子はフェリカの顔を見つめて、言った。 「昨日は済まなかった」 「いいんです、もう」 「君には本当に済まないと思ってる」 「これも運命ですわ」 「?」 律子の言葉にフェリカはやや驚いた様子だった。 「エリナが言ってました。私がファレイヌの真の所有者になったの は運命だって」 「そうか……」 「フェリカさん、今日は聞かせてもらえるんでしょう。ファレイヌ のことやエリナのこと、そしてあなたのことも−−」 「僕も今日はそのつもりで来た。時が迫っているからね」 フェリカは律子を見た。その表情は真剣そのものだった。 「儀式の日のことですか」 「ああ。君もエリナからは聞いているだろう」 「詳しくは聞いてません。でも、一つだけ確かなのは私はその儀式 の生贄に過ぎないということでしょう」 「……」 「フェリカさんは私をどうするつもりなんですか。私を助けてくれ たのも、私にファレイヌを預けたのも全ては儀式のためですか」 「エリナは何と言っていた?」 「エリナの考えより私はあなたの答えが聞きたいんです」 「そうだな……以前ならエリナを転生させ、他のファレイヌを滅ぼ すことを考えていた。だが、四百年間に渡るファレイヌ戦争の中で 一度としてこの目論見は成功しなかった。何人も所有者を見つけて きたが、皆殺されてしまった」 「所有者はみんなファレイヌとは関係のない人たちだったんでしょ う」 「そうだ。所有者に選ばれなければ、ごく普通の人生を送っていた 人間たちだ」 「三十二人の人間を失いながら、なぜ転生の儀式に固執なさるんで すか」 「他に方法がなかった」 「所有者を見つけなければいいんじゃないですか」 「それではファレイヌ戦争の終結にはならない。他のファレイヌが 転生し、世界は破滅の道をたどるだろう」 「ファレイヌが転生することがそんなに恐ろしいことなんですか」 「ファレイヌの転生は悪魔を生み出す」 「誰もそれを見たものはいないんでしょう」 「僕も見たことはない。だが、そうなってしまってからでは遅い」 「それでどうなさるつもりなんですか」 「君に儀式を行うつもりはない。それは僕の意志でもあり、恐らく エリナの意志でもあるだろう」 「でも、方法がないんでしょう」 「今から三年前にメルクリッサの封印の壺を完成させた。それによ ってそれまで殺すことが出来なかったファレイヌを封じ込めること だけはできるようになった。実際、君の存在は三年前から分かって いた。だが、君とエリナが接触すれば、いっせいにその情報は他の ファレイヌへと伝達される。だから、君と距離をおくことによって その情報が流れないようにしていた」 「どうして私とエリナが接触すると、他のファレイヌに伝わるの? 」 「ファレイヌと真の所有者が接触すると、人間では感じえない強力 な魔気を発生させる。それにより他のファレイヌは所有者を見つけ たファレイヌがどこにいようと見つけることが出来る。だが、その 魔気にしても僕の魔力である程度、広がりを抑えることが出来るよ うになった。 この三年余り、君を餌にして一人ずつファレイヌを日本に呼び寄 せ、壺に封じ込めてきた」 「それがどうして私に近づくことになったの?」 「状況が変わったんだ」 「状況?」 「昨日、マリーナの姿は見ただろう」 「あの銀色の?」 「そう。あれは銀のファレイヌ。マリーナ・リューンという女だ」 「あの人も昔は人間だったの?」 「ああ。当時、あの女は十七で、結婚を一月前に控えていた」 「どうしてそんな人がファレイヌに?」 「それは君が聞かなくてもいいことだ。もし聞きたければ、マリー ナに直接、聞いてみるんだな」 「そんなこと出来るわけないでしょ」 「さあ、どうかな。いずれ機会は来るかもしれないぜ。とにかく計 画ではあの女だけを日本に呼ぶはずだったんだ。もしあの女だけな ら恐らく僕は君に近づくこともなかっただろう」 「他にもファレイヌが来たの?」 「そう。しかも、悪いことに最悪の奴が来た」 「それは−−」 「ミレーユ・ドナー。水銀のファレイヌだ。もし奴とマリーナが手 を組んだら、君は終わりだ」 フェリカは首を小さく振った。 「そんなぁ。それじゃあ、どうするのよ」 「エリナも言っていたと思うが、君には戦う以外の選択はない。だ から、エリナを君に預けた」 「こんな体でどうやって戦えって言うの?私、歩くことも出来ない のよ」 律子の言葉にフェリカはすっと背を向けた。 「フェリカさん……」 「僕は今までエリナを転生させ、他のファレイヌを滅ぼすことばか りで、所有者のことを考えたことは一度もなかった。だが、今度だ けは君自身で運命に決着をつけてもらいたい」 「どうして」 「それは……」 フェリカは言いかけたが、ぐっとこらえて、そのままドアの方へ 歩いていった。 「フェリカさん」 背後で律子の声がした。 フェリカはドアのノブを握り、 「僕も出来るだけのことはやる。ただ、覚悟はしておいてほしい」 と言ってドアを開け病室を出た。 一人になった律子はしばらくドアを見つめていた。 「覚悟って……冗談じゃないわ」 律子は吐き捨てるように呟いた。 続く